三宅健さんは、株式会社ジャニーズ事務所に所属し、事務所を移籍して現在に至るまで、約30年以上徹底的にアイドルであることを貫いてきたアイドルの鑑です。ファンを楽しませよう、ファンの想いに応えようという想いは活動の随所に感じられ、ソロアルバムやソロコンサート、写真集販売など、40代のアイドルとしてはかなり精力的です。
当記事では、そんなファンを喜ばせる職人とも言える三宅健さんのこれまでの経歴やプロフィール、魅力、代表曲を解説します。
1.三宅健とは?身長や年齢などプロフィールを紹介
名前 | 三宅 健(みやけ けん) |
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生年月日 | 1979年7月2日 |
年齢 | 44歳 ※2024年2月時点 |
身長 | 164cm |
血液型 | O型 |
出身地 | 日本 神奈川県 |
三宅健さんは、男性アイドルグループV6の元メンバーで、現在はソロアーティストやタレント活動などマルチに活躍しています。
芸能界でのデビューは、1995年にV6の一員として「MUSIC FOR THE PEOPLE」でCDデビューしたことがきっかけです。アラフォーになった現在もその容姿はデビュー当時と大きく変わることはなく、年下のタレントより若く見られることすらあるほど童顔の三宅健さん。なぜ老けないのか、その若々しさが際立っていることで知られています。
2021年にV6が解散した後も、元メンバーの中で唯一ソロアルバムを出しており、ソロコンサートも開催するなどのアーティスト活動を続けています。
2023年に株式会社ジャニーズ事務所(現:株式会社SMILE-UP.)を退所し、芸能事務所「株式会社TOBE」に移籍しました。
2.三宅健の経歴
三宅健さんが株式会社ジャニーズ事務所(現:株式会社SMILE-UP.)に入所したのは1993年です。親戚に入所をすすめられたことがきっかけだと明かしています。
一般的に、ジャニーズのオーディションに関する返事は時間がかかることで知られています。しかし、三宅健さんの場合は履歴書を送った数日後にジャニー社長から直接電話でSMAPのライブに来るよう誘われ、そのままコンサートに出演しました。中居正広さんがバラードを歌う傍ら、体育座りで佇む少年としてステージデビューを果たしました。
2-1.元所属グループ「V6」
6人組の男性アイドルグループ「V6」は、1995年のバレーボールWカップのイメージキャラクターとして結成されたグループです。
グループ名にある「V」には、「Volleyball(バレーボール)」「Victory(ビクトリー)」「Visual(ビジュアル)」「Versus(バーサス)」「Veteran(ベテラン)」など複数の意味があるとされています。
V6はメンバーのコンセプト別に2つのユニットに分けられていました。
「20th Century」は通称「トニセン」と呼ばれ、坂本昌行さん、長野博さん、井ノ原快彦さんから成るユニットです。「Coming Century」は通称「カミセン」と呼ばれ、森田剛さん、三宅健さん、岡田准一さんで構成されています。
V6はデビューから2021年11月1日に解散するまでの26年間で、53枚のシングルと14枚のオリジナルアルバムをリリース。CDの累計売上枚数は1,400万枚以上にのぼる大人気グループでした。
2-2.現所属事務所「TOBE」
三宅健さんが現在所属している株式会社TOBEは、株式会社ジャニーズ事務所(現:SMILE-UP.)の元副社長であった滝沢秀明さんが立ち上げた芸能事務所です。
2023年7月に三宅健さんが加入し、その後も元King & Princeの平野紫耀さんと神宮寺勇太さんや元ジャニーズJr.のグループであるIMPACTorsメンバー、元ジャニーズJr.の大東立樹さん、元Kis-My-Ft2の北山宏光さんが加入しています。
2024年3月には、所属する5組のタレントが出演する東京ドームコンサートが開催予定です。公演タイトルは「to HEROes〜TOBE 1st Super Live~」となり、全員が主役という意味を持っています。
また、三宅健さんは同事務所の北山宏光さんとフジテレビの「オドハラ」に出演するなど、テレビでの活躍もしています。今後さらなる活躍が多方面で期待できるでしょう。
3.三宅健の魅力
子どものような無邪気な笑顔、またいつまでも若々しい見た目で人気を集める三宅健さんは、人懐っこいキャラクターで広い年代から愛されている存在です。
クリスマスや自身の誕生日には生配信を行うなど、ファン想いな面もある、その魅力について以下で紹介します。
3-1.40代とは思えないビジュアル
三宅健さんは、デビュー当時からほとんど変わらない見た目で周囲を驚かせています。過去には元V6メンバーの岡田准一さんから、「奇跡のおじさん」と名付けられました。
本人は美容に気を遣っており、美肌をキープするために保湿にこだわっていることでも知られています。また、好きなものに囲まれることでストレスを溜め込まないよう環境にこだわっているとも明かしており、これらのこだわりが若さを保つ秘訣と言えるでしょう。
3-2.少年のような人懐っこい性格
人懐っこい性格で知られる三宅健さんは、グループのメンバーにいたずらをしてその反応を見てくすくす笑うなど、少年らしい可愛らしさが魅力の1つです。
以前、三宅健さんが泉ピン子さんの楽屋へ挨拶に行った際に、肩を抱いて「ピンちゃん超肌きれいじゃん」と話したそうです。その場にいたV6のメンバーは衝撃を受けましたが、泉ピン子さんは、人の懐に入るスピードに呆気にとられたと明かしています。
また、「KEN☆Tackey」として滝沢秀明さんとユニットを結成。滝沢秀明さんが演出を手掛ける「滝沢歌舞伎」への出演をきっかけに、当時ジャニーズJr.であったSnow Manのメンバーとの交流を深めるなど交友関係が広いです。
2019年には市川海老蔵(現・市川團十郎)さんから直接指名されて「六本木歌舞伎」に出演するなど、幅広い分野でコミュニケーション力の高さを発揮しています。
3-3.ファンの想いに応え続けるアイドルの鑑
三宅健さんは、ファン想いな気遣いができるアイドルです。
三宅健さんは手話を特技としていますが、手話を学び始めたのは、V6の握手会でろう者のファンから手話で話しかけられたことがきっかけでした。この時に何も返せなかったことを悔んだ本人は、手話について猛勉強。
仕事が忙しくなるタイミングで手話勉強から離れてしまったこともありましたが、結果的に手話技能検定試験3級に合格しました。2014年からはNHK Eテレ「みんなの手話」や2022年からの「5分でみんなの手話」のナビゲーターも務めています。
V6解散後は、自身のInstagramを開設し、頻繁に投稿したりインスタライブを配信したりするなど、ファンに向けての活動を続けています。ファンからInstagramで「TOBEの姫ポジですか?」と質問があった際には、「姫ポジはIMPのセンター佐藤新くんじゃない?」と答える場面もありました。
ジャニーズ退所前にも、ファンに向けて最後のファンクラブの会報を発行し、優しい配慮がありました。
4.三宅健の代表曲
人気グループV6の解散までの26年間、三宅健さんはメンバーとして音楽界に影響を与え続けました。以下では、TOBEに移籍してからリリースした楽曲を2曲紹介します。
4-1.iDOLING
2024年1月29日にリリースした「iDOLING」は、2010年に発表した三宅健さんのソロ曲「“悲しいほどにア・イ・ド・ル” 〜ガラスの靴〜」の続編、アップデートバージョンと言える楽曲です。作詞作曲を担当したのは、「“悲しいほどにア・イ・ド・ル” 〜ガラスの靴〜」のプロデュースをしたDef TechのMicroさんとなっています。
2010年当時、Microさんと2010年版の「なんてたってアイドル」を作ろう、と生まれたのが「悲しいほどにア・イ・ド・ル~ガラスの靴~」です。「悲しいほどにア・イ・ド・ル~ガラスの靴~」では、当時15歳だった三宅健さんがアイドル業の中で感じたリアルな心境がせきららに綴られています。
「iDOLING」ではアイドル人生や現在、これからのアイドル人生への思いや願いが詰まった作品であると三宅健さんは話しています。
4-2.Ready To Dance
株式会社TOBEの所属アーティストとして初めて曲を出したのが、ダンスナンバー「Ready To Dance」です。三宅健さんからのラブコールでR&BシンガーであるSIRUPさんが作詞作曲を手がけました。
三宅健さん自身の「自由に歌い踊り続けたい」という思いを込めた楽曲であることから、ジャケットのタイトルは子供に書いてもらったそう。MVでは三宅健さんのダンスシーンも印象的で、ファンであれば見逃せない仕上がりの曲です。
まとめ
三宅健さんは、男性アイドルグループ「V6」のメンバーとして1995年に芸能界デビューを果たし、現在は事務所を移籍し株式会社TOBEでソロアーティストとして活躍しています。
40代とは思えない若々しいビジュアルと少年のような無邪気で人懐っこい性格、またアイドルの鑑とも言えるファン想いなところが多くの方に愛されています。
株式会社TOBEでは、現在楽曲を2曲リリース。今後は音楽活動の他、タレントとしての活躍にも大いに期待が集まっています。
※当記事は2024年2月時点の情報をもとに作成しています